マイク・シャノンは幼い頃では木工細工に対する興味を持った少年でした。

幼いマイクは、当時の家の向かい側に住んでいた大工職人から木工についての基本を教えられ、高校在学中に将来は大工になることを目指しており、当時の彼にとってはボートを造るとか注文住宅を建てることが夢でした。

1977年の高校生のころには外国産木材を使った注文家具の製作会社で仕事をするまでになりました。そんなマイクの腕前を見た家具会社のオーナーは、Charvelギターの木工場で主任を務めていたティム・ウィルソンにマイクを紹介しました。この時から、マイクのギタービルダーとしての経歴が始まったと言えるでしょう。

当時のCharvel社では自社オリジナルのエレキ・ギター用ボディ、及びネックの製造を始めたばかりでウッド・ビルダーを必要としていました。Charvel社は1979年にマイクをサンダー職人(研磨技工師)として雇うことにします。

めきめきと上達したマイクは、1981年にはピンルーターを使ったほとんどの加工作業を担当し、更にはギターの木工加工に使う様々なテンプレートも開発しました。工場で様々な経験を積むにつれて彼の業務範囲は広がって行きました。

その中でも一番のターニング・ポイントだったのは、あの若き天才ギタリスト「ランディ・ローズ」との関わりだったと言えるでしょう。マイクとランディは、ランディがグローバー・ジャクソンと共に造り上げたそのギターをもっと小ぶりで取り回しが良く現代的にアレンジしたいと考えていました。

そのモデルこそ、今日のRhoadsモデルだったのです。ランディが完成したそのギターを手にしたのは、彼が亡くなる5ヶ月前のことでした・・・。

その後のマイクは、多くのモデルで素晴らしいアイディアを発揮してゆきます。

ボルト・オン・ネックの「Charvel Dinky」の製作と、更にそれをスルーネック・タイプの「Soloist」に進化させるために重要な役割を担った事は良く知られています。

1980年代からのヘヴィ・メタル・ムーブメントや2000年代に入った現在に至るまでマイク・シャノンは、プロのギタリストの間で天才的なギター製作者として知られるようになります。彼はHR/HM、スタジオ・ワークを行うスーパー・プレーヤー達の厳しい要求に合ったギターを設計し製作する多くの仕事をしています。

彼と親しい交流があったのは、ランディ・ローズ、ロビン・クロスビー、ウォーレン・デ・マルティーニ、ヴィニー・ヴィンセント、クリス・ホルムズ、アラン・ホールズワース、ジェイク・E・リー、エディ・ヴァン・ヘイレン、などのスーパー・ギタリスト達です。そして、もちろんデイヴィッド・エレフソンとクリス・ブロデリックのそれぞれのモデルにも大きく関わっております。

2002年にJacksonブランドは、FENDER社のグループになりましたが、マイクのウッド・ビルダーとしての技術はシニア・マスター・ビルダーとして今もその手腕を発揮しています。

マイクが30年以上に渡って培った木工技術、塗装、組み込み、エレクトロニクスなどは現在でも変わらず多くのミュージシャン達から絶賛されています。

彼の制作するギター・ベースは最高峰のクオリティとプレイヤビリティーをもった楽器と言えるでしょう。