Phil Collen Special Interview(前編)

10月 14, 2021

Photo by Helen L. Collen
Text by Daishi Ato / Translation by Kyoko Maruyama

デフ・レパードのギタリスト、フィル・コリンにオンラインで取材を敢行。画面の向こうに広がるのは、フィルの自宅兼スタジオ。広々としたスペースに様々な機材が置かれ、充実した制作を行っている様子が見て取れた。取材中、彼の息子がひょっこり登場し、我々に彼自慢のおもちゃを見せつける一幕も。そんな和やかな雰囲気で行われたインタビューでは、彼のギター遍歴や自身のシグネイチャーモデルPC1に対する想い、そして来年リリース30周年を迎える大ヒットアルバム『アドレナライズ』の制作秘話、印象に残っている日本公演など、たっぷり1時間にわたって話をしてもらった。後編もあるので、楽しみにしていてほしい。

 

― フィルさんがギターを弾き始めたきっかけはなんですか?

 

1972年にロンドンで行われたディープ・パープルのコンサートだよ。『マシン・ヘッド』のツアーだった。すでにファンだったけど、生で見るリッチー・ブラックモアに大興奮して、家に帰るやいなや両親にギターを買ってくれたとせがんだんだ。それが14歳の時。それから2年かかったけど、16歳の誕生日プレゼントに初めてのギターを買ってもらったよ。

 

― 当時の練習方法はどういったものだったんでしょうか?

 

自分でも何をやればいいかわからなくて、学校の友人にバレーコードを教わったりしたけど、基本はレコードを聴いて練習したんだ。ジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェッペリン、あとはモータウンとかレゲエも好きだった。ロンドンに住んでいて音楽に囲まれていたので弾けるものはなんでも弾いた。最初はDのコードだったけど、色々やっていくうちに弾けるようになっていた。特に練習方法があったわけじゃないんだよ。それよりも「いつもギターを弾いていたい」というだけ。歳を重ねるうちに色々と弾くようになったのさ。

 

― その頃、影響を受けたギタリストは?

 

当然ながらジミヘンとリッチー・ブラックモア。アル・ディ・メオラを初めて聴いてプレイが少し変わった。そこからジャズやジャズロックのギタリストに興味を持ち始めたんだ。トミー・ボーリン、ラリー・コリエル、ジョン・マクラフラン、ジョー・パスとかも。とにかく幅広いスタイルに影響を受けたね。好きなのはアグレッシヴなプレイをするプレイヤー。エディ・ヴァン・ヘイレン、マイケル・シェンカーのヴィブラートとか、ゲイリー・ムーア……。それぞれが違う何かをもたらしてくれて、僕はスポンジみたいにすべてを吸収したんだ。

 

― そうやって色々なプレイヤーに触れたことが今のあなたのプレイスタイルを作ったと。

 

当時は思っていなかったけど、今になればそう言えるね。他にもピート・タウンゼントとか。彼は曲も書くしプレイはアグレッシヴですごく好きだったよ。あと、キース・リチャーズ、ミック・ロンソン、ジェフ・ベック……ギタリストだけじゃなくバンド単位だったり、全員が自分にとっては先生だった。会ったことはなかったけど、レコードを聴きながら何かを学んでいたんだ。

 

― ピート以外にソングライティングで影響を受けたのは誰ですか?

 

デヴィッド・ボウイ、それとスティング。ポリスも、ソロとしてもね。今になれば曲の構成がいかに重要かがわかるよ。ギタリストへのアドバイスを求められるときにいつも言うのは「歌う勉強をしてみろ」ということ。歌えれば自信にもなるし、何より曲の構成において「どこでギターを弾くべきでないか」がわかるから。ただ楽器だけを弾くんじゃなくて、ヴォーカルの立場から入るとアプローチが変わってくる。

 

― それでは、ジャクソンのギターとの出会いを教えて下さい。

 

それまでにも弾いたことはあったんだけど、『ヒステリア』のレコーディング中、プロデューサーのマット・ラングが弾いてたCharvelギターを一度借りたら、もう手放せなくなってしまって、「そんなに気に入ったんなら、グローヴァー・ジャクソンに紹介するよ」とマットが言ってくれたんだ。赤のCharvelは持っていて、さらにジャクソンが2本送ってくれた。ひとつはBela Lugosiがペイントされているやつで、もう一つはブラック・クラックル。今はロックの殿堂に置いてある。その2本が僕にとって初代のジャクソン。マット・ラングのギターを盗んだようなものだね。彼からはギタリストとして、ソングライター、シンガーとしてものすごく影響を受けているので、彼の名前も忘れず挙げておくべきだね。

 

― その『ヒステリア』のレコーディングから使用しているジャクソンのどんなところが気に入ったんでしょうか。

 

完璧なサウンド、完璧なギターの探究の旅をしていたのはエディ・ヴァン・ヘイレンだけど、彼が弾いてたのはハイブリッドなストラトだった。ヴァン・ヘイレンが初めてUKツアーで来たときに幸運にも会うことができて、僕は当時、母親から21歳の誕生日に買ってもらったフェンダー・ストラトキャスターを弾いていたんだけど、エディから「Humbuckerを積まないと絶対満足しないぞ」と言われたんだ。僕も彼と同じような探求の旅を続けていて、サウンドではレスポールが好きだったけど、ストラトやテレキャスターを弾く“感じ”が好きだった。つまりはコンビネーションということ。ジャクソンやCharvelの初期のものには、そういったすべてのギター、特にレスポールとストラトの優れた要素が備わっていたんだよ。

 

― なるほど。

 

ストラトキャスターを弾こうとするとボリューム・コントロールがちょっと変わったところにあるから、誤って音量を下げてしまったりする。だから僕のシグネイチャーモデルPC1はボリューム・コントロールが違う場所にあるんだよ。使用ウッドはレスポールと同じマホガニーにメイプルトップだけど、フレットボードもメイプルで、弾いた感じはストラト。真の意味のハイブリッドだよ。その探求はいまだに続いている。ギターは常にアップグレードされていて、ジャクソンはカスタマイズするだけでなく、アップグレードしてくれるので新しいギターが届くと毎回前よりも改善されているんだよ。ウッドをロースト加工するだけでも大きな違いにつながるからね。ピックアップはDimarzioで僕のスペックだ。すべては完璧と思えるフィーリングとトーンを求めて続く探求、その末のコンビネーション、つまりハイブリッドということ。

 

― ジャクソンのギターは丈夫だと他のギタリストから聞いたのですが、本当ですか?

 

ああ。3カ月ほど前、数年ぶりにステージに立って演奏することがあってね。チャカ・カーンの無観客ライブで、撮影もした。ここのところ、こちらはものすごい猛暑続きで、PC1はケースに入れっぱなしでずっと置いたまんまだったんだよ。ところが出してみたら……今持ってきて見せるよ(とギターを持ってくる)。世界中持って回って、激しいアーミングをして、かなり攻撃的にプレイする方だけどチューニングは狂わない。いつだって安定してる。壊れることがないんだ。完璧だよ。まさに丈夫なんだ。

 

― では、先ほども話に出ていたご自身のシグネチャーモデルPC1のご紹介をお願いします。

 

もちろん。トップはメイプル、ボディはマホガニー、メイプルのフレットボード。ピックアップはすべてDimarzioだけど、これだけはジャクソンのサスティナー。一種のE-Bowさ(とサスティナーの使い方を弾いてデモンストレーションする)。色んなバリエーションのある音が出せるんだ。DimarzioはHumbuckerとはまるで違う。ストラトキャスター、テレキャスター、レスポールといろんな音が出るし、何よりもPC1ならではのサウンドが出るという点が素晴らしい。Jacksonを弾いてるギタリストのネックは薄いものが多いけど、僕のPC1は個人的な好みでネックが厚くしてある。ヘヴィさを求めてるから、どのギターも僕のはネックが厚いんだよ。

 

― どういうサウンドを求めるギタリストにオススメしますか?

 

もしジミヘンがPC1を手にしてたら、天国に昇る気分になってたと思う。でも、面白いことにカントリー・ギタリストにもPC1のファンが多いんだ。彼らはどちらかというとクリーンなサウンドを出すので、PC1でならヴァイオリンのようなサウンドになる。ライル・ラヴェットのバンドにいたディーン・パークスが弾いてたのは知ってるよ、キース・アーバンも― ― ただ、洪水でダメになってしまったらしい。ほかにもジャズのギタリストでPC1を使っている人はいるし、ロックだけではなく、オールラウンドなギターだと思う。あの1本があればほぼなんでも弾けるからね。

 

Phil Collen Interview A

Photo by Helen L. Collen

― 先ほど、「歌う勉強をしてみろ」という話をされていましたが、それ以外にビギナーへアドバイスはありますか?

 

一番いいのは、自分が聴きたいと思うギターを弾くこと。僕はフィンガーピッキングが得意じゃなかったけど、それは元々そういうスタイルに興味がなかったから。それよりも自分がエキサイティングだと思うロック・プレイヤーを追ったんだよ。ジミヘン、リッチー・ブラックモア、アル・ディ・メオラ……ロックに限らず、自分が興奮させられるギタリストなら誰でもよかった。ただギターを弾くためだけに学んでいたら退屈でしかないけど、関心があることを追っかけていると楽しくなるんだ。

 

― 来年3月にアルバム『アドレナライズ』が30周年を迎えます。僕はこのアルバムでデフ・レパードに出会ったのでとても思い入れがあるんですが、今振り返ってみて、これはどういう作品だったと思いますか? 

 

あれは非常に苦労したアルバムだったよ。自分たちでも正解がわからないような状態が続いて、ようやく制作に取りかかり始めたと思ったところでスティーヴ・クラーク(Gt)が亡くなってしまった。それで僕は自分のパートに加えてスティーヴが弾くはずだったパートも一人で全て弾くことになったんだよ。時代的にも異様な空気が流れていたね。僕らがチャートで6週間No.1だったその時、まさにロドニー・キング殺害がきっかけとなった“ロス暴動”が起こり、色々なことが大きく動いていた。ニルヴァーナみたいな新しいバンドが登場して、それと入れ替わるように80年代のバンドが消え始めていた。まさにアメリカの音楽シーンにとって極めて重要な時期だったんだ。そんな中で僕らが生き残れたこと、さらには向上し続けながら、プレイを続けられたことは当に素晴らしいことだったと思う。『アドレナライズ』はアメリカ以外の多くの国で最も売れたアルバムなんだ。「Let’s Get Rocked」は大ヒットしたし、「Have You Ever Needed Someone So Bad」も多くの国で大成功している。イギリスでも、日本では間違いなく最大のヒットアルバムになった。でも今振り返れば、アルバムはどれも自分の子供と同じで、「好きなアルバムはどれか?」とよく尋ねられるけど、僕はどのアルバムも全て同じように気に入っている。歴史における刻印のように、そのアルバムが作られた時を象徴しているんだ。レコーディングしたスタジオも全部覚えているよ。「アドレナライズ」はちょうどアナログからデジタル・レコーディングへと変化していく時だったので、使う機材が変わっていったことも覚えている。変化に満ちたアルバムだったね。

 

― ファンは時期によって好きな曲が変わることがありますが、メンバーも自分たちの楽曲の好みは変わるものですか? 

 

バンドにとってはその時の最新作が一番のお気に入りなものだよ。新鮮な違う曲が入ってきたわけだから、「これこそ俺たちの最高傑作だ!」ってね。僕らの場合はレパートリーが多くあるから、ラスヴェガスでレジデンシー公演をした時は2時間半のセットが組めて、やりたい曲を全部やれたんだ。通常の公演だとそうはいかない。「Pour Some Sugar On Me」や「Love Bites」「Hysteria」「Photograph」「Let's Get Rocked」など、絶対にやらなきゃならない曲があるからそれ以外の曲は外されることになる。「Die Hard The Hunter」や「White Lightening」なんかがいい例だ。すごくクールでいい曲なのに、ライブでなかなか演奏できない。なのでやるとしたら、前座がいなくて、やりたければ一晩中でも演奏できるようなラスヴェガスみたいなところでやるしかないんだ。そこがああいった公演のいいところだね。でも、僕はどんなところでやるのも好きだし、ライブは常に改善できる。またツアーが再開した時のアイデアはもうすでにあるんだ。次のツアーは来年の6月16日にジョージア州アトランタから始まる予定で、これは去年から今年へ延期されていたモトリー・クルー、ポイズン、ジョーン・ジェットとのツアーなんだよ。コロナのことがあるので状況がもう少し安全になるまで待とうと思っているけど、フルのツアーを再開するのはまだ時期尚早だと思っている。その時が訪れたなら本当に嬉しいだろうね。

 

― これまでにデフ・レパードは何度も来日していますが、印象に残っているのはいつのどのライブですか?

 

初めて武道館でやった時かな。武道館のことはギターを弾く前の子供の頃から、チープ・トリックや大勢のバンドがやってたことで知っていたからね。でも日本に初めて行ったのはデフ・レパードの前にやってたガール時代で、1980年頃だったと思う。どこかのホールだったで、初めての日本だったから文化の違いも含めてあらゆることを楽しんでたよ。その時以来の友人も日本には大勢いるので、いつ行っても楽しいね。最後の来日では31歳になる息子のローリーが一緒だったから、名古屋、大阪……色々と訪れて楽しんだんだ。観光客的なことをするのも嫌いじゃないからね。

 

― ライブ以外で日本で印象に残っている出来事は何かありますか?

 

京都かな。83年にプロモーションでジョー・エリオット(Vo)と当時のマネージャーと一緒に訪れたのが最初だよ。京都にはずっと興味があったんだ。最後に行った時に、妻のヘレンが、彼女はフォトグラファーなんだけど、神社やお寺や制服姿の女子高生とかの写真をたくさん撮っていたよ。

 

― 武道館は憧れの場所だと多くのミュージシャンが話していますけど、実際にプレイするとどんな感覚なんですか? 武道館ならではサウンドってあるのでしょうか?

 

360度のステージでやる感覚に似ているよ。かつてやっていた、ステージが中央にあって客席に取り囲まれるやつだね。通常はステージがあって、ホールが向こう側にあるけど、武道館は会場に包まれている感じがしてそこが昔から好きだったよ。クラブのような小さな会場の密な感じに近い、親密感が武道館にはあるね。でも、ここ15、6年はインイヤーモニターを使用しているから実際には会場の音というのは体感できないんだ。かつては生音やアンビエンスも聴きながらだったけど、インイヤーモニターになってからは、この部屋だろうとリハーサルルームだろうと武道館だろうとスタジアムだろうとどこでやっても同じ音なんだよ。そこがちょっと残念ではある。一貫した音という意味ではいいことなんだけどね。

 

後編に続く(近日公開予定)

 


フィル・コリン
1957年12月8日、英ロンドン・ハックニー生まれ。ロンドンを拠点とするポストパンク/グラムロック・バンド「ガール」のギタリストとして活動後、1982年にデフ・レパードに加入。翌年リリースした『炎のターゲット(原題:Pyromania)』と87年にリリースした『ヒステリア』が、ともに全米で1000万枚以上のセールスを記録。世界的なハード・ロック・バンドとして名を馳せ、レッド・ツェッペリン、イーグルス、ヴァン・ヘイレンといったバンドと並んで人気を誇る。また、自身がリード・ヴォーカルとリード・ギターを務めるバンド「マンレイズ」では、元ガールのベーシストのサイモン・ラフィ、元セックス・ピストルズのドラマーのポール・クックらと活動を共にしている。

 

Phil Collen OfficialWeb

https://www.philcollenpc1.com/